人は神のうちに存在する

今日はパウロの次の言葉について考えてみたい
パウロ使徒行伝17章28節で次のように発言している

主の中に
我らは
生き
動き
存在する

我らというのは全ての人間全ての生命をさしているのである

全ての生命体が呼吸をし
活動をし
この宇宙の中に存在していること
その全てのことは
神と支配のうちにある

一言で言えば宇宙の歴史と自然の全ての営みと存在は神の創造と支配のうちにある

という意味になるのであると思う
人間の誕生も死も
健康も病も
日々の営みも
それら一切が神の与えたものであり
そしてこの瞬間も
神が与え続けているものである

そのことは太陽と人間の関係を考えてみれば
良い類比として納得できるのではないだろうか
何億年もの間水素爆発を繰り返す太陽から放射されるエネルギーによって
地球上の温度は保たれ
植物は光合成を行い
我ら人間はその植物を食べて生存している
つまり俺ら人間が誕生し活動するエネルギーの全ては
太陽エネルギーに由来するのである
私たちの体内の60億の細胞の全ての中で
太陽エネルギーが働いて我ら人間を生かしているのである
そのエネルギーを私は肉眼で見ることはできない
しかしその目に見えることのできないエネルギーが
私たちを誕生させ動かし存在させている
エンジェル木という側面に目を寄れば太陽と私たちは一体

そのように考えれば
神の力によって存在している我らは
神と一体であるということも
言うことができよう

我らの今日生きているということ
また様々な活動も
その意味では全て神から由来する神聖なる奇跡